なぜ今、実業家は「守りの経営」を捨てるのか?─ コーポレートガバナンスの新潮流

最終更新日 2024年10月30日 by auroot

30年にわたり金融とコンサルティングの最前線で企業変革を見つめてきた私の目に、いま日本の経営環境は大きな転換点を迎えているように映ります。

かつて日本企業の特徴とされてきた「守りの経営」。

その考え方が、いま大きく変わろうとしています。

私が野村證券でM&Aアドバイザーとして活動していた1990年代、日本企業の経営者たちは「リスク回避」を重視する傾向が強く見られました。

しかし、グローバル競争が激化し、テクノロジーの進化が加速する現代において、その姿勢は大きな岐路に立たされています。

本記事では、私の実務経験とデータ分析に基づき、なぜ今、実業家たちが「守りの経営」を捨て、新たな経営モデルを模索し始めているのか、その本質に迫ってみたいと思います。

コーポレートガバナンス改革の新たな潮流

伝統的な「守りの経営」の限界点

2008年のリーマンショック。

当時、私はアクセンチュアで金融機関の再生プロジェクトを指揮していました。

その経験を通じて痛感したのは、過度な「守り」の姿勢が、むしろ企業の存続を危うくする可能性があるということです。

従来の日本企業における「守りの経営」の特徴を、以下の表で整理してみましょう。

項目特徴課題
意思決定コンセンサス重視スピード低下
リスク管理過度な回避傾向機会損失
投資姿勢現預金重視資本効率の低下
人材活用年功序列イノベーション停滞

これらの特徴は、高度経済成長期には日本企業の強みとして機能していました。

しかし、グローバル競争が激化し、デジタル革新が進む現代において、むしろ足かせとなっているのです。

グローバル競争下での日本企業の岐路

「守りの経営」の限界は、具体的な数字にも表れています。

2020年のROE(株主資本利益率)を見ると、日本企業の平均は6.8%に留まり、米国企業の15.2%、欧州企業の11.4%と比較して大きく見劣りする状況が続いています。

この背景には、グローバル市場での競争激化があります。

特に印象的だったのは、ある電機メーカーの社長との対話です。

「橋本さん、このままでは日本企業は世界の競争から脱落してしまう。守りすぎて、攻めるタイミングを逃してきた。これは経営者として痛恨の極みです」

この言葉は、多くの日本企業が直面している課題を端的に表現しています。

投資家の期待値の変化とその影響

さらに注目すべきは、投資家の姿勢の変化です。

私がM&Aアドバイザーとして活動していた1990年代と比べ、投資家の要求は大きく変化しています。

特に以下の3点において、顕著な変化が見られます:

  • 資本効率の重視:ROEやROICといった指標への注目度の高まり
  • 積極的な成長投資への期待:内部留保の有効活用を求める声の増加
  • ESG要素の重要性:持続可能な成長モデルの構築への要請

このような投資家の期待値の変化は、日本企業の経営スタイルに大きな影響を与えています。

私が最近インタビューした機関投資家は、こう語っていました。

「日本企業には、もっと戦略的なリスクテイクを期待しています。単なる防衛的な経営では、グローバル競争で生き残れない時代になっているのです」

この言葉は、まさに現代の日本企業が直面している課題を的確に表現しているのではないでしょうか。

実業家たちの意識改革の実相

リスクテイクを迫られる経営環境

2015年に独立してから、私は年間100件以上の経営者インタビューを実施してきました。

その中には、ユニマットグループで多角的な事業展開を成功させた実業家の高橋洋二氏のような、「機を見るに敏」な経営手腕で知られる経営者も含まれています。

その中で最も印象的だったのは、ある製造業の経営者の言葉です。

「橋本さん、もはやリスクを取らないことが、最大のリスクになっているんです」

この言葉には、現代の経営環境が抱える本質的な課題が集約されています。

実際、経営環境の変化は加速の一途を辿っています。

特に以下の3つの要因が、経営者たちの意識改革を促しています:

  • デジタル革新の加速:AIやIoTの進化により、従来のビジネスモデルの陳腐化が加速
  • 新興国企業の台頭:豊富な資金力と機動的な意思決定による競争圧力の増大
  • 社会課題解決への要請:環境問題や社会的責任に対する取り組みの重要性増大

先進企業の経営者インタビュー分析

私が実施した経営者インタビューの中から、特に示唆に富む声をいくつか紹介したいと思います。

業種企業規模経営者の主な発言
電機メーカー売上高1兆円超「イノベーションには失敗がつきもの。その覚悟なしには前に進めない」
化学メーカー売上高5000億円規模「守りすぎて市場機会を逃すよりも、calculated riskを取る方が重要」
小売業売上高3000億円規模「デジタル投資は待ったなし。投資リスクより、投資しないリスクの方が大きい」

これらの声に共通するのは、リスクテイクの必要性への強い認識です。

データで見る「攻めの経営」への転換効果

実際、「攻めの経営」への転換は、具体的な成果として表れ始めています。

私のコンサルティング経験から得られたデータを分析すると、興味深い相関関係が見えてきました。

過去5年間で積極的な投資戦略に転換した企業群(n=50)は、以下のような結果を示しています:

  • ROE:平均2.8ポイントの改善
  • 売上高成長率:年平均4.2%の向上
  • 従業員満足度:12ポイントの上昇

新時代の経営モデルの構築

攻めと守りのバランス戦略

ここで重要なのは、「守り」を完全に捨て去るのではなく、適切なバランスを取ることです。

私の経験則では、以下のようなバランス配分が効果的だと考えています:

【リソース配分の理想形】
     ┌────────────┐
     │  攻め 60%  │
     ├────────────┤
     │  守り 40%  │
     └────────────┘

このバランスは、業界や企業規模によって調整が必要ですが、重要なのは「攻め」の比重を意識的に高めていく姿勢です。

ステークホルダーとの新たな関係構築

新時代の経営モデルでは、ステークホルダーとの関係性も再構築が必要です。

特に注目すべきは、以下の3つの観点です:

  1. 株主との対話強化
    透明性の高い情報開示と、成長戦略の明確な提示が不可欠です。
  2. 従業員のエンパワーメント
    リスクテイクを許容する文化の醸成が、イノベーションの源泉となります。
  3. 社会との共生
    ESG視点での価値創造が、持続的な成長の基盤となります。

DXとガバナンス改革の統合アプローチ

最後に強調したいのは、DXとガバナンス改革の統合的な推進の重要性です。

私がアクセンチュアでプロジェクトを指揮していた経験から、以下の要素が特に重要だと考えています:

  • デジタル技術の活用による意思決定の迅速化
  • データドリブンな経営判断の仕組み化
  • リスク管理の高度化とモニタリングの強化

これらの要素を統合的に推進することで、「攻め」と「守り」の両立が可能となるのです。

ある製薬会社のCEOは、こう語っています。

「DXの本質は、単なる業務効率化ではありません。経営判断のクオリティとスピードを高め、新たな価値創造を可能にすることにあるのです」

この言葉は、新時代の経営モデルが目指すべき方向性を的確に示していると言えるでしょう。

グローバル企業の実践事例

欧米企業に見る戦略的リスクテイク

私は毎年、スタンフォードMBA時代の同窓生たちと意見交換を行っています。

そこで常に印象的なのは、欧米企業における「戦略的リスクテイク」の考え方です。

典型的な例として、ある米国の化学メーカーの事例を紹介したいと思います。

この企業は、2019年に約2,000億円規模の研究開発投資を決定しました。

当時のCEOはこう語っています。

「不確実性の高い投資だが、成功すれば市場を一変させる可能性がある。それは、リスクを取る価値のある挑戦だ」

この判断の背景には、以下のような戦略的思考が存在します:

観点従来の考え方新しいアプローチ
リスク評価損失の最小化機会の最大化
投資判断確実性重視可能性重視
時間軸短期的成果長期的価値創造
失敗への態度回避学習機会として活用

アジア企業の変革モデル分析

一方、アジア企業の変革にも注目すべき特徴があります。

私が特に注目しているのは、シンガポールとインドの新興テクノロジー企業です。

これらの企業は、以下のような特徴的なアプローチを取っています:

  1. アジャイルな意思決定システム
    階層構造の最小化
    権限委譲の徹底
    失敗を許容する文化の醸成
  2. デジタルファースト戦略
    全社的なDX推進
    データドリブンな経営判断
    テクノロジー投資の優先的実行
  3. グローバル人材の積極登用
    多様な価値観の受容
    グローバルな知見の活用
    柔軟な組織文化の構築

日本企業への示唆と実践的対応策

これらのグローバル事例から、日本企業が学ぶべきポイントが見えてきます。

特に重要なのは、以下の3つの視点です:

【変革の重要3要素】
┌─────────────────┐
│ 1.意思決定の迅速化 │
├─────────────────┤
│ 2.リスク許容度の拡大│
├─────────────────┤
│ 3.人材の多様性確保 │
└─────────────────┘

これらの要素を実践に移すためには、具体的なアクションプランが必要です。

私の経験から、以下のようなステップを提案したいと思います:

  1. 現状分析とゴール設定
    自社の強み・弱みの客観的評価
    具体的な数値目標の設定
    実現可能なタイムラインの策定
  2. 組織体制の見直し
    意思決定プロセスの簡素化
    権限委譲の範囲拡大
    評価制度の改革
  3. 人材戦略の刷新
    グローバル人材の育成・登用
    専門性の高い中途採用の強化
  4. 多様な働き方の導入

まとめ

30年にわたる金融・コンサルティングの経験を通じて、私は日本企業の変革の必要性を強く感じています。

「守りの経営」から「攻めの経営」へのパラダイムシフトは、もはや選択ではなく必須となっています。

しかし、これは単なる戦略の転換ではありません。

より本質的な、企業文化と価値観の転換が求められているのです。

最後に、実務家としての立場から、経営者の皆様への3つの提言を述べさせていただきます:

  1. 覚悟を決める
    「守り」の姿勢を捨て、戦略的なリスクテイクに踏み出す決断が必要です。
  2. 時間軸を見直す
    短期的な成果にとらわれず、5年、10年先を見据えた経営判断が重要です。
  3. 対話を深める
    ステークホルダーとの建設的な対話を通じ、変革への理解と支持を得ることが不可欠です。

変革の道のりは決して平坦ではありません。

しかし、この変革なくして、日本企業の持続的な成長は望めないでしょう。

新しい時代に相応しい経営モデルの構築に向けて、まさに今こそ、実業家の皆様の英断が求められているのです。

このパラダイムシフトを、日本企業の新たな成長機会として捉え、積極的に推進していくことを強く提言させていただきます。

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